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名古屋地方裁判所 平成8年(ワ)4080号 判決 1998年3月18日

原告

リカルド・カリンガイ

被告

池田英次郎

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、金五〇〇万円及びこれに対する平成五年九月一一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、交通事故により死亡した妻が事故当時懐胎していたとして、夫である原告が、右事故の加害者である被告に対し、胎児の死亡による慰謝料の支払を求めた事件である。

一  争いのない事実

1  ミラソル・カリンガイ(当時二八歳)は、平成五年九月一〇日、愛知県刈谷市恩田町二丁目二三番地先路上を帰宅途中、被告運転の乗用車にはねられて即死した。

2  本件事故は、被告の注意義務違反の過失によって惹起されたものであるから、被告は、民法七〇九条により、本件事故によって生じた損害につき賠償の責を負う。

3  ミラソルの相続人は、本件事故についての損害賠償として三〇五二万〇二五〇円の支払を受け、原告は、二名の相続人の一名として、右金額の二分の一の一五二六万〇一二五円を取得した。

二  争点

1  ミラソルは、本件事故当時、原告の子を懐胎していたか。

2  原告は、胎児の死亡により、填補済みの賠償のほかに、慰謝料請求権を有するか。

第三争点に対する判断

一  争点1について

証拠(甲三、四、乙三の2、証人宮本ルミナ)によれば、原告とミラソルは、一九九〇年一〇月一五日にフィリピン国内において婚姻し、ミラソルは、本件事故当時原告の子を懐胎していたことが認められる。

二  争点2について

1  証拠(乙三の2、証人宮本ルミナ)によれば、本件事故当時のミラソルの稼働状況は次のとおりであったことが認められる。

(一) ミラソルは、一九九一年中に、出入国管理及び難民認定法二条の二別表第一の三の短期滞在の在留資格によるビザで来日し、滞在期間が経過した後も我が国に滞在し、スナックでホステスとして稼働していた。

(二) 原告は、ミラソルと相前後して来日し、滞在期間を徒過して我が国に滞在した後、いったんフィリピンに帰国したが、平成五年五月、ダニーロ・アリリアーノ名義の偽造ビザを使用して再び我が国に入国し、建築現場作業員として稼働していた。

そして、原告は、本件事故の発生により、ミラソルの夫として捜査当局から事情聴取を受けることとなり、不法入国が発覚することを恐れて、本件事故の数日後にミラソルの遺体と共にフィリピンに帰国した。

2  在留期間を超えて不法に我が国に残留し就労する不法残留外国人は、出入国管理及び難民認定法二四条四号ロにより、退去強制の対象となり、最終的には我が国からの退去を強制されるものであり、我が国における滞在及び就労は不安定なものといわざるを得ない。そうすると、事実上は直ちに摘発を受けることなくある程度の期間滞在している不法残留外国人がいること等を考慮しても、在留特別許可等によりその滞在及び就労が合法的なものとなる具体的蓋然性が認められる場合はともかく、不法残留外国人の我が国における就労可能期間を長期にわたるものと認めることはできないものというべきである。

そして、ミラソルは、前記のとおり、短期滞在の在留資格によるビザで来日し、滞在期間を徒過して我が国に不法に滞在し、スナックでホステスとして稼働していたものであり、夫である原告も、偽造ビザによって不法に我が国に入国していたことに照らせば、ミラソルの我が国における滞在及び就労が合法的なものとなった具体的蓋然性は到底認めることができない。

3  以上の事実に基づき、ミラソルの死亡により発生した損害額について検討する。

(一) 死亡逸失利益(原告主張額三〇四〇万三六八一円) 九七四万四〇七〇円

前記2の事実によれば、ミラソルの逸失利益を求めるについては、本件事故の日から三年間は賃金センサス平成五年第一巻第一表産業計・企業規模計・女子労働者・学歴計の該当年齢層の平均賃金年額三三五万二七二〇円を基礎とし、その後六七歳までの三六年間はフィリピンにおける女子労働者の平均賃金相当額を基礎とし、生活費控除率を三割として、ホフマン方式により年五分の割合による中間利息を控除する方法によって算定するのが相当である。

そして、証拠(乙五、六)によれば、本件事故当時のフィリピンにおける女子の非農業従事者の平均賃金は月額五六五三ペソであること、本件事故の日における円とペソの交換比率は、一ペソが三・七八円であったことが認められるから、ミラソルの逸失利益の合計は九七四万四〇七〇円(3,352,720×(1-0.3)×2.7310+5,653×3.78×12×(1-0.3)×(21.3092-2.7310)=9,744,070)となる。

(二) 死亡慰謝料 一〇〇〇万〇〇〇〇円

争いがない。

(三) 葬儀費用 九〇万〇〇〇〇円

争いがない。

(四) 遺体運搬費用 一三七万二八六六円

争いがない。

(五) 遺体処置料 八万三五四〇円

争いがない。

以上合計 二二一〇万〇四七六円

4  過失相殺

証拠(乙一の1ないし5)によれば、本件事故現場は、速度制限が時速五〇キロメートルの片側二車線の国道一五五線上であり、付近に照明設備はなく、夜間は暗いこと、被告は、被告車両を時速約八〇キロメートルに加速して進行し、本件事故現場の手前一一・八メートルの地点まできた時、ミラソルが右から左に向かって小走りに横断しているのを道路中央のいわゆるゼブラゾーン上に発見し、危険を感じて急ブレーキをかけるとともに、ハンドルを右に切って衝突を回避しようとしたが、間に合わず、被告車両の前部をミラソルに衝突させてしまったことが認められ、右事実によれば、本件事故の発生については、ミラソルにも、夜間、暗い場所において、幹線道路を横断するについては、左右の安全を十分に確認すべき注意義務があったにもかかわらず、これを怠った過失があるものといわなければならず、被告の過失と対比してミラソルの右過失を斟酌すると、被告が賠償すべきミラソルの死亡による損害額を定めるについては、前記損害額から一五パーセントを減額するのが相当である。

5  以上によれば、被告が賠償すべきミラソルの死亡による損害額は一八七八万五四〇四円となり、原告はその二分の一の九三九万二七〇二円の損害賠償請求権を取得したものであるが、前記のとおり本件事故による損害については、既に三〇五二万〇二五〇円が支払われ、原告はその二分の一の一五二六万〇一二五円を取得しているから、「仮に、原告に、その主張のとおり、右3の損害以外に胎児の死亡による固有の損害として慰謝料五〇〇万円の請求権が発生しているものとして、これを原告の右損害賠償請求権に加算しても、その合計額は一三六四万二七〇二円(9,392,702+5,000,000×(1-0.15)=13,642,702)となり、この場合においても、被告が賠償すべき損害額の残額はないものというべきである。

(裁判官 大谷禎男)

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